「着いたぞ」

現場から少し離れた場所に、車を停めた。


着いた・・・。


車内には異常なまでに緊張感が張り詰めている。
助手席に座っていたカイザーが身を乗り出して後部座席のオレたちに振り返る。

「まずフォーメーションだが・・・」

現場での配置の指示が出された。
カイザーの視線が、翔、万丈目へと配られ、最後はオレへ辿り着いた。
そして、カイザーは現場近くの一つのビルを指差した。

「お前たち狙撃チームは、あのビル屋上で待機だ」
「はい」

オレの後に続いて翔と万丈目も返事をする。
カイザーの鋭い眼差しがオレたちの任務の重さを痛い位に感じさせる。
失敗は許されない・・・絶対に・・・。
握り締めていた拳に力が篭る。

「早乙女、剣山、枕田、浜口、三沢!お前たち五人は現場裏へ回れ。それ以外は全員、俺に従え」

隊員全員がカイザーの言葉に緊張した面持ちで頷いた。

「狙撃命令は俺が出す。・・・勝手な真似はしないようにな、お前たち」

そう言うと、カイザーは車のドアに手を掛けた。

「行くぞ!」

オレたちも後を追って、車外に出る。
外は既に日が暮れ始めている。
これから、長い戦いが始まる・・・。
そんな予感がした。





耳をつんざく風の音。
激しく摩擦する空気から生まれるその音は・・・狂おしげな金切り声のように、時折、悲痛な叫びのように・・・不気味な音色を奏でている。
オレたち狙撃班の心情を代弁するかのような不安を掻き立てるような風音。
ビルの屋上のフェンスに身を伏せながら狙撃に適した場所へ移動する。
時折聞こえてくる犯人たちの怒鳴り声に見つからぬよう細心の注意を払いながらフェンス越しに現場を覗き見る。
・・・犯人グループの無計画さを表すように大きな窓にあるカーテンは敷かれていない。
中の様子が丸見えだ。


ここだ。
狙撃ポイントはココが一番適している。


オレを中心にして両脇に並ぶ翔と万丈目に目配せでポイントはココだと合図を送る。

「風が強いな」

オレは注意を促すように翔と万丈目にそう伝えた。
失敗が許されない以上、不安要素は互いに確認しあった方が良い。

「これでは、一発で標的に当てるのは難しくないか?」

向かい風に肩をすくめた万丈目が、苦々しい顔で言う。
この強風では銃弾が風に流されかねない。
だが、オレたちに失敗は許されない。
翔に、万丈目に、オレ・・・。
オレたちは自分の腕を信じるしかない。
オレたちの失敗は即、人質の命に関わるのだから・・・。


狙撃ポイントが決まり、問題点である強風を確認しあったオレたちはガンケースからライフルを取り出し準備に取り掛かった。
狙撃体制を整えるオレたちの耳には既にインカムが装備されている。
現場近くのカイザーから下される狙撃命令を受ける為だ。
だが・・・、インカムの上から現場のざわめきがオレたちの耳に入ってくる。

「・・・それにしても、すいぶん下が騒がしくないか?」

野次馬が集まっていたようには感じたが、確かに少し騒々し過ぎる。
とある一点にたむろしている野次馬のざわめきが、オレたちのいる屋上にまで響いてくるなんて・・・。
フェンスの隙間から騒々しい辺りを覗いてみるとテレビカメラがいくつも見え、レポーターらしきマイクを持つ人が何人も詰め掛けている。
一体なんでこんなに騒いでいるんだ?
いくら立て篭もりの銀行強盗事件とはいえ、この騒ぎは尋常ではない。

「何かね、人質に芸能人がいるんだってさ」
「・・・芸能人?」

翔と万丈目の二人の目が、ふと好奇心に輝く。

「たまたま巻き込まれたらしいって、さっきラジオで言ってたよ」

・・・それであんな騒ぎになっているのか。

「話をしたいのは分かるけど、その話は後でも出来るだろ」

苦笑いしながら、集中力が欠けそうな二人を戒めるようにそう言うと、翔と万丈目は肩をすくめてそれ以上の言葉を控えた。


ライフルの組み立てを済ませ、オレはスコープを犯人たちのいる銀行へと向ける。
手の平にひやりと伝わる、グリップの硬質な感触。
オレたちの握るライフルに、人々の命運が託されていると感じる一瞬・・・。
全ての準備が整った事を確認し、オレはインカムを通してカイザーに連絡を取った。

「こちら狙撃チームです。聞こえますか?」
『あぁ、聞こえる』
「狙撃チーム、準備完了しました」
『分かった。その位置から障害物となりそうな物はあるか?』

障害物は何もない。
犯人グループとオレたちを阻むものは・・・何もない。
だからこそ、風や野次馬の雑音などでミスは一切許されない。
思わず息を呑んだその時、耳元のインカムから冷静な声が届いた。
カイザーから待機の命令。
インカムの電波が途切れると、風の吹き抜ける音がオレの耳にまとわりつく。
ライフルのグリップを握る力が篭り、汗がにじみ出ているのが分かった。
翔と万丈目もライフルを構え、黙ったまま銀行内の様子を窺っている。


・・・風が強くなった・・・。
ふとそう思った瞬間、犯人の一人が窓際に近付いてきた。
逆上し、ひどく興奮しているようだ。
犯人は人質を抱きかかえ、何かをわめいている。
とは言うものの、路上の野次馬とは異なり、窓の中の犯人の声はここからでは聞き取れない。
それでも懸命に目を凝らして犯人の動きと中の動きを追い続けていると、インカムに受信音が鳴り出し、続けてカイザーからの連絡が伝えられた。

『・・・まいったな。人質を抱えてしまっている。狙撃は暫く待て』
「了解」

窓際に姿を現した犯人は人質の女性の頭に銃を突き付けている。
よほど激しく興奮しているのか、狂気じみた表情で何かを叫んでいる。





『犯人の一人が出てきた。狙撃チーム、狙撃体制のまま引き続き待機!』

窓際の犯人にオレたち狙撃班の神経が集中していると、銀行の中から犯人の一人が姿を現してきた。
何を狙っている?
アイツらの狙いは、何だ・・・?
犯人グループは五人。
窓際とビル出入口とに二手に分かれて警備を分散させようとでもしているのか・・・?
出入口に出てきた犯人の動きを追う。


・・・何か・・・奇妙な動きをしている・・・。
・・・。
・・・・・・。





ッ・・・!
思わず目を閉じて身を潜めてしまった。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
突然立ち昇った爆風と、逃げ惑う人々の悲鳴。
黒い煙を含んだ風はむせ返るような熱を持ち、砂埃を舞い上げながら、なおも吹き荒れる。

「アイツ・・・爆弾投げているぞ・・・!」

出入口の犯人が投じた二発目の爆弾が大きな爆発音を上げた後・・・万丈目が呟いた。

「爆弾・・・!?アイツら、爆弾持っていたのか!」

銃を所持しているとは聞いていたがまさか・・・アイツら、爆弾まで手に入れていたのか!?
下の騒ぎが一層大きくなり、野次馬の叫び声も聞こえてきた。
警備にあたっている警官からも叫び声がする。

「最悪の事態だよ・・・。アニキ、どうする?」

爆風が下から襲い掛かるたびに、オレたちにも動揺が走る。

「二人とも落ち着け!」

尋常じゃない。
アイツらが何をしだすか想像が出来ない。
計画的に警備をかく乱させているのか無計画に暴れているだけなのか・・・。
焦り、不安に駆られる自分に言い聞かすようにオレは翔と万丈目に言葉を掛ける。

「準備だけは・・・しておこう」

準備・・・。
この状況では威嚇射撃なしに、いつ狙撃命令が下されても不思議じゃない。
そんなオレの言葉に、二人は慎重に頷き狙撃体制を整え直した。
狙撃体制を整える翔と万丈目の姿を見て、あらためてオレ自身にも言い聞かせる。
落ち着け・・・。
・・・室内の犯人はどうしてる?
もしアイツらがオレたち警備のかく乱を狙っていたなら出入口の犯人は囮役だ・・・。
オレは体制を直し、スコープを覗き直す。





「おい、アイツこっちを見たぞ」

窓際の犯人が不意にオレたちの方を見上げ、視線がオレたちへと向けられた。
右腕には拳銃。
左腕で人質の女性を羽交締めにしたままその男の視線はオレたちへ向けられている。
・・・気付かれたか?
気付かれたとしたら、人質の女性が危ない。
男に羽交締めにされたまま人質の女性は泣き叫んでいる。
オレたちの存在に気付き、興奮し逆上でもして拳銃を持つ手に力でも込められたら・・・。
スコープ越しに見つめるオレたちに戦慄が走る。
その時・・・。

「えっ?笑ってる?」

オレたちを見つめる犯人の口元が緩みだし・・・笑っている。
・・・オレたちを見て・・・?
不敵な面構えでオレたちを・・・いや、男の視線は、オレだけに送られている。
スコープ越しにオレと犯人の視線が交錯する。
オレは思わず唾を飲み込み、ライフルのグリップを握り締めた。
何故・・・何故、オレだけに向けて?
視線を逸らせないまま、時間だけが過ぎていく・・・。
スコープ越しに睨み合う膠着状態から逃れられない。
その時・・・不敵な笑みを浮かべていた男の口元がゆっくりと動き出した。
何かを呟く口元・・・。

「アイツ、・・・・・・こっちに向かって何か言ってるぞ」


『じゅ・・・う・・・だ・・・い・・・』




オレの名前!?
何故、オレの名前を・・・?
見間違い・・・?